世界一分かりやすいサーフィン上達物語

世界一分かりやすいサーフィン上達物語

第2章:科学との出会い

2_1.データへの逃避

「やっぱり何かが間違っているはずだ…」

5月のある火曜日の夜十時。カナが寝静まった後の書斎で、ヒロはエクセルのシートを睨みつけていた。エアコンの冷気が心地よい中、画面からは過去1ヶ月のアップルウォッチの記録が浮かび上がる。

先月から始めた記録。海での練習4回、乗れた波は15本。実際に乗れたのは10本程度——。1本あたりの乗車時間を10秒として計算すると…。

「合計100秒か…」

ため息が漏れる。

「たった1分40秒か。1ヶ月かけて」

土曜の朝、ユウタに声をかけられてから、ヒロはずっとモヤモヤしていた。サーフィンには週に1回欠かさず行っているのに、まったく上達している実感がない。

「もし仕事だったら、こんな非効率なプロジェクトはすぐに打ち切られるけどな」

画面を切り替えると、クライアントのECサイトの分析データが並ぶ。離脱率、コンバージョン率、顧客単価——。データがあれば、必ず改善の糸口は見つかるはず。

スマートフォンをスワイプすると、今度はYouTubeの履歴が並ぶ。「プロが教えるサーフィンの基本」「神ボード爆誕!プロが絶賛する…」「プロサーファーが教える最速パドリング」——。視聴時間を合計すると、優に20時間は超えている。

(こんなに時間を使ってたのか…)

背筋を伸ばした瞬間、右肩に鈍い痛みが走る。思わず画面から目を離し、天井を見上げた。外からは、初夏の夜の虫の音が聞こえてくる。

新しいピボットテーブルを作成し、データを入力していく。

グラフを作成し、相関関係を探る。しかし、数字は冷たく、答えを教えてはくれない。

「ヒロ、まだ起きてるの?」

ドアの向こうからミナの声が聞こえる。

「ああ、ごめん。もう少しだけ」

「肩は大丈夫?痛むの?」
優しい声のトーンに、少し心配が混じっている。

「うん、まあ…」
曖昧な返事に、自分でも苦笑してしまう。

部屋の窓からは、カナのストライダーが見えた。昼間、両足で地面を蹴って進んでいた娘の姿が、妙に印象的だった。

サーフィンを諦めて、カナと遊ぶ時間を増やした方がいいのかもしれない——。理屈も分析も関係なく、ただ楽しそうに、新しい乗り物で遊んで上達している娘の姿が、逆にヒロの心に重くのしかかる。

「結局、分かったことは…」
エクセルのグラフを見つめながら、ヒロは独り言を呟く。
「どれだけ時間を使っても、週末サーファーは上手くならない。これが結論か」

カレンダーを確認すると、次の週末まであと四日。

エンジニアとしての分析力を誇りにしていたのに、自分のサーフィンは全く改善できない。この矛盾に、ヒロは深いフラストレーションを感じていた。

画面に浮かぶ波形のようなグラフが、まるで答えを示唆するかのように、静かに揺れている。

2_2.運命的な再会

「波のコンディション、いまいちだな…」

日曜の早朝5時45分。ヒロは海を見つめながらタッパーを着ていた。土曜日は新規プロジェクトの緊急MTGで海に来られず、夜にデータ分析も空回りに終わった。早朝だけという約束でミナに了解をもらっているのに——。

波は腰から胸ほど。南寄りの風の影響で、コンディションは決して悪くないが、波と波の間隔が不規則で、セットの予測が難しい。5月の沖縄は日の出も早く、すでに空が白み始めている。気温も上がり始め、Tシャツ一枚で快適な季節になっていた。

「パドリングの練習なら、むしろいいタイミングかもしれないな」

「おい、ヒロ?ヒロだよな?」

声の方を振り向くと、見覚えのある顔があった。

「え?ケンイチ?」

高校の同級生。確か卒業後は県外の大学に進学して、そのまま東京で就職したはずだった。

「マジで驚いた。週一で沖縄戻ってきてんだけどさ、こんなところで会うとは」
ケンイチは楽しそうに笑いながら近づいてきた。

「お前こそ。東京じゃなかったっけ?」

「いや、3年前に戻ってきたんだ。フリーランスのエンジニアやってて。あ、そうそう」
ケンイチは何か思い出したように続けた。
「この前、もしかしてユウタって子に話しかけられた?」

「ユウタ…」

「いやーなんか肩を壊しそうなサーファーさんがいてって話してて、なんか話聞いてたら、同年代くらいって言ってたから、もしかしてって思ってさ」

「ユウタ…あっ先月、肩のこと色々教えてくれた子か」

「多分、それだな。やっぱりヒロだったんだな。それで、肩は大丈夫か?」

「まあ騙し騙しやってるよ。相変わらずパドリングのたびに痛むんだけど」

「そっか、俺らもおっさんだしな。俺も実は10年前に肩を亜脱臼しちゃってさ。それから数年間は波に乗ろうとパドリングするたびにガコンって外れそうになってんだよな」

「えっそれ俺と全く同じだ」

「まじか。あれめちゃめちゃ痛いよな」
ケンイチは波のラインを見つめながら、少し遠い目をする。

「実は、東京で…いろいろあってさ。それでオーストラリアに逃げるように行ったんだよね。でも結果的には、それが良かった。サーフィンの見方が、がらっと変わったから」

「オーストラリア?」

「うん。会社を辞めて、サーフィンの本場で過ごした半年。その時に出会ったのが、サーフィンの科学的メソッドだった。」

「科学的メソッド?」

「うん。そこで学んだカラダの使い方でパドリングを変えたら、肩が全然痛まなくなったんだ」

「なんかユウタくんもそんなこと言ってたな」

「そうそう、ユウタと俺、同じメソッドを学んでるんだよ」

「ケンイチ、そのパドリングのやり方教えてくれん?」

「いいけど、有料な」

「いくらでも払うぜ」

「ハハハ、冗談だよ。今日、ちょっと試してみるか。なんか慣れないなヒロとサーフィンするって」

「だからよ。会うの高校以来だしな。じゃ頼んだぜ先生」

「有料な」

遠くでセットの波が砕ける音が響く。南風で波のコンディションは決して良くないはずなのに、今まで見向きもしなかった波が、急に違って見えてきた。日が昇るにつれ、海面が黄金色に染まり始めていた。

2_3.新しい気づき

「ケンイチ、このパドリング難しいな。なんか腕の疲れ方が違う」

波のない時間を見計らって、ヒロは感想を口にした。朝6時から1時間、小波を使って練習させてもらった。すでに日差しは強くなり始め、海面が眩しく光っている。

「最初はな。オーストラリアのメソッドでは”イージーパドリング”って呼んでたけど、このパドリングの特徴はカラダの仕組みで疲れにくいってところなんだ。」

「なるほどね。でもなんで疲れにくいんだ?」

「肘を引いて肩甲骨を動かし、背中の大きな筋肉を使っているからだな」

「おぉ、ほんとだ。肘を引くと肩甲骨が動く」

「これをパドリングに応用すると、腕や肩の小さな筋肉よりも大きい背中周りの筋肉を使えるから疲れにくくなるんだ」

「なるほど、そういうもんなのか」

「試してみようか。小指を下に向けて、ゆっくりでいいから」

「こう?」
最初は肩に違和感があったが、少しずつコツを掴んでいく。

「そうそう。力まずに」
ケンイチは優しく指示を出す。

「最初は全然進まなくても気にしなくていい。慣れてくれば自然とスピードも出るようになる」

「でも進まないと波に乗れないよな?」

「うん、だから波をキャッチする時は、今まで通り慣れているパドリングでいい」

「そうなの?」

「慣れるまではな。だって新しいパドリングができても、波キャッチできないならサーフィン楽しめないじゃん」

「まあ、そうかもな」

「楽しくないなら科学的だろうが、非科学的だろうが、やる意味ないからな」

「そのポジティブ思考、変わらないな」

「そうだっけ?」

その時、ヒロのアップルウォッチのアラームが鳴る。午前7時、約束の時間だ。

「すまん、ケンイチ、先上がるわ」

「おお、そうか。俺も上がるよ。」

駐車場で着替えながら…

「ケンイチ、今日ありがとうな。久しぶりに会ったけど楽しかったよ」

「だな。俺も週末は沖縄に戻るから、また一緒にサーフィンしようぜ。それで、肩の調子は?」

「うーん、今日は肩の痛みを感じなかったかも。いつもならパドリングのどこかで絶対痛むんだけどな。」

「それ、背中使えてるってことだよ。肩への負担が減ってるんだ」

「日本のサーフィンって経験則とか競技信仰があるから、俺ら一般サーファーにはインプットがそもそも間違ってることが多いんだよ」

「えっそうなのか?俺、競技サーファーが教える動画ばっかり見てるけど」

「俺もそうだったけど、ヒロは試合に出て勝ち負けを競うサーフィンをしてるのか?」

「いや、全然」

「だよな。それなのに試合で勝ち負けを競ってきた競技者のノウハウを真似したい?」

「うーん違うかもな」

「だよな。それって言ってみれば一般ドライバーが、F1レーサーのドライビングテクニックを真似するようなもんだぜ。それ普通の道でやったらどうなると思う?」

「事故るよな」

「ヒロの肩は?」

「あっ」

「そういうこと。インプットが間違ってしまうと、一般サーファーの俺らは上達もしないし、怪我にも繋がる。最悪サーフィン続けられなくなってやめてしまうんだよ」

「なるほどな…」

「俺もそうだったから、オーストラリアで科学的なメソッドをインプットした。それを実践して、今はヒロに教えている。ユウタに教えたのも俺なんだぜ」

「そうだったんだ」

「インプット、アウトプット、誰かに教えるってことを意識すると、サーフィンもだんだん上達してきて、そしたらサーフィンどんどん楽しくなって。」

「仕組み化…か」

「それ。さすがヒロ。今はデータアナリストやってるんだよな?俺もエンジニアだから仕組み化が何より大事だと思って。その最初のインプットで間違うと、どんなに仕組みを回そうとしても歯車が噛み合わないんだよ」

「そういうことか…。実は俺、もうサーフィンやめようと思ってたんだよ。どんなに海に行っても上達しないし、家庭もあるから、罪悪感の方が勝ってしまって」

「分かる。実は俺も仕事と家庭とサーフィンのバランスを崩して、離婚しちゃってさ。後悔している」

「そうなのか…」

「いやまあ今は折り合いついているから、いいんだけどさ、ヒロは俺みたいになるなよ」

「なあケンイチ、科学的メソッドもそうだけど、仕組み化のこと、俺にも教えてくれないか?」

「それは全然いいけど、覚悟しろよ」

「えっそんなに厳しいの?」

「いや、サーフィンがどんどん楽しくなって、辞められなくなるぞ?」

「ハハハ、なるほどね。望むところよ」

駐車場には次第に車が増え始めていた。5月の朝日は、すでに夏の気配を感じさせるほどの強さで照りつけている。

2_4.予期せぬ波

日曜の早朝5時45分。すでに空は明るくなり始め、5月の朝日が海面を染め始めていた。ヒロは海を見つめながらタッパーを着ていた。

波は膝から腰ほど。南寄りの風の影響で、5月の海は波が不規則になりやすい。セットとセットの間隔も読みにくく、波の選択が難しい。

「おはよう」
声をかけてきたのはケンイチだった。海からの潮風が二人の間を通り過ぎる。

「今日はパドリングの練習にちょうどいいかもな」

1時間ほど波に乗った後、休憩がてら二人は沖で話をしていた。波と波の間の静かな時間。ヒロは長年の疑問を口にする。

「なあケンイチ、なんでサーフィンってこんなに上達しないんだろうな」

ケンイチは波のラインを見つめながら、少し考えるような素振りを見せた。

「難しいよな。でも実は簡単なんだけどな」

「えっ?」
ヒロは思わず身を乗り出す。
「簡単なわけないでしょ。色々スポーツやってきたけど、こんなに難しいのサーフィンだけだよ」

「まあ、そうなんだけどな」
ケンイチはボードの上で姿勢を正す。
「サーフィンが上達しないのは練習時間が極端に少ないから」

「練習時間?」

「ああ、例えばヒロが1年間で練習できる時間ってどのくらいだと思う?」

潮風に吹かれながら、ヒロは以前の計算を思い出す。
「前に計算したら1時間30分ぐらいだったな」

「そう、そこに辿り着いたのはすごいこと」
ケンイチの声が明るくなる。
「じゃあどうしたら練習時間を増やせると思う?」

波間で揺れながら、ヒロは考える。
「もっと海に行くとか?」

「その方法もあるけど、それ難しいじゃん」

「社会人にはな」
ヒロは苦笑する。

ケンイチは遠くの水平線に目を向けながら言った。
「そう、だから陸トレで練習時間を増やすんだよ」

「陸トレ?」
ヒロは首を傾げる。
「いやサーフィンって海でしかできないのに?筋トレとかすんのか?」

ケンイチは静かに微笑んで、教えるように話し始めた。
「えーっとな、量質転化って知ってるか?」

「量質転化?」
初めて聞く言葉に、ヒロは思わず繰り返す。

「簡単に言うと」
ケンイチは波のリズムに合わせるように言葉を選ぶ。
「人間がスキルを習得するためには量をこなして、一定量の量をこなすことで質に変わるってことだな」

ヒロは波間で揺れながら考える。
「むずかしいけど、なんとなく分かるよ」

「じゃあ週末サーファーが1年間で1時間30分のライディングができるとして、一定量の量をこなしていると言えるか?」

その問いかけに、ヒロは答えに窮する。
「うーん、どうだろう」

「例えばさ」
ケンイチが身近な例を出す。
「自転車が乗れるようになるまで、どのくらい練習した?」

海面に反射する朝日を見ながら、ヒロは子供の頃を思い出す。
「えーっと、分からないけど補助輪付きから始まって、毎日練習しても、補助輪を外せるようになるまで1ヶ月ぐらいかかった気がするな」

「そうだよな。1日2時間ぐらい?」

「まあ夕方から日暮れまでやるからそうだな」
懐かしい記憶が蘇る。

ケンイチは計算するように指を折る。
「週に3日、1日2時間で計算すると、1ヶ月で24時間ぐらいだな」

「まあそんなもんか」

「自転車に乗れるようになるまで24時間、サーフィンで24時間練習するには?」

ヒロは愕然とする。
「15年以上はかかるな…」

「そういうこと」
ケンイチの声に確信が混じる。
「サーフィンは圧倒的に量をこなすのが難しい。だから上達しない」

突然、霧が晴れるような感覚がヒロを包む。
「なるほど、分かりやすい。じゃあサーフィンの陸トレで、その量を増やすってことか?」

「欲しがるねー」
ケンイチは楽しそうに笑う。
「じゃ今日の夜にでも教えるからZoomしようぜ」

仕事と家庭のスケジュールを頭に思い浮かべながら、ヒロは答える。
「夜か…ミナとカナが寝た後でいいかな。9時ぐらい」

「了解。おっセット来た」

ケンイチは何気ない会話の中で、サーフィンの上達方法についてヒロに色々と教えていた。遠くから寄せる波の音が、新しい可能性の予感のように響いていた。

2_5.学びの階段

その日の夜9時。カナとミナが寝静まった後、ヒロは書斎でノートPCの画面に向かっていた。

「じゃあ早速本題だけど、サーフィンは反復練習ができれば誰でも上手くなれる」

「OK、量質転化だよな。野球の素振りみたいなもんだな。」

「そう。反復練習をやればスポーツも勉強も上達するけど、しなければどうなる?」

「上達しない」

「そういうこと。実はヒトが何かを学ぶときには学習の5段階というものがあって」
ケンイチが画面共有で資料を見せながら説明を始めた。

「最初は『無意識の無知』から始まる。サーフィンで言えば、そもそも波キャッチの仕方を知らない状態」

「うん」

「練習を始めると、今度は『意識的な無知』。つまり波キャッチの仕方は分かるけど、まだできない段階」

「ああ、それは今でもよく分かる」
ヒロは苦笑する。

「そして練習を重ねると『意識的な知』。集中すれば波キャッチができる段階だ」

「なんとなく分かる。昔はもっと考えながらキャッチしてた気がする」

「そう!それが『無意識の知』。今のヒロの波キャッチは、もう考えなくても自然とできるだろ?」

「確かに。むしろテイクオフの方を考えてる」

「まさにそれ。でも最後にもう一段階ある」
ケンイチは少し表情を引き締めた。
「他者への教授。自分の経験を、相手に合わせて分かりやすく伝えられる段階」

「うーん、それは難しそうだな」

「例えば、たまにサーフィン専門用語だらけで何言ってるか分からない人っているだろ?」

「ああ、いっぱいいるね。サーフィンとかほとんどそうじゃない?」

「そう、それは学習の5段階の最終ステップまで進めていないということ。自分の理解を相手に合わせて説明できていない」

「分かりやすいな…データ分析の仕事でもよくあるわ。専門用語ばかりで、クライアントに伝わらないとか」

「そうそう。この学習の5段階は、どんなことにも応用できる。だからサーフィンにそれを応用しようぜっていうのが科学的メソッドなんだ」

「面白い理論だな。で、問題はその段階をどう上がっていくかってことか」

「鋭いね。そこでキーになるのが4つの要素なんだ」

「4つ?」

「うん。インプット、アウトプット、学習定着、そして報酬設定。この4つの歯車が噛み合って初めて、効率的な成長ができる」

「へぇ」

「でも、その話は次回な」
ケンイチが笑う。
「今日は学習の5段階を理解するところまで。これ以上話すと、情報過多で定着しないからな」

「ケンイチ、すごいな」

「もっと尊敬していいぞ」

二人は笑った。時計を見ると、もう10時を回っていた。

「次は陸トレの具体的な方法を教えるよ。これがサーフィン上達の鍵になる」

オンラインミーティングを終了すると、部屋の中に静けさが戻ってきた。窓の外では、まだカナのストライダーが月明かりに照らされている。

ヒロは学習の5段階について考えながら、自分のエクセルシートを開いた。

2_6.新しい歯車

オンラインミーティングを終えたヒロは、書斎の窓から夜空を見上げた。5月の夜風が心地よく、若葉の匂いが部屋に流れ込んでくる。

(科学的メソッドか…)

先月、ユウタに教えてもらったイージーパドリング。それは単なるパドリングの形ではなく、もっと大きな可能性を秘めていたのかもしれない。

ヒロは自分のエクセルシートを開く。これまで記録してきた波の本数、ライディング時間、そして練習時間。データを見つめながら、新しい視点が見えてきた気がした。

データアナリストとして、いつも顧客の行動パターンから本質的な課題を見つけ出してきた。それと同じように、自分のサーフィンにも「上達の仕組み」を作ることができるのではないか。

ヒロは新しいシートを作り、タイトルを入力する。

「量質転化」「学習の5段階」「4つの歯車」

ケンイチが言ってた「インプット、アウトプット、学習定着、報酬設定」4つの歯車という言葉が、まだ理解できていないながらも、頭の中で静かに響いていた。

リビングからカナのストライダーが見える。娘は買ってすぐに乗りこなせるようになったわけではない。前を向けるようになるまで、毎日少しずつ練習していた。

自分のサーフィンも、子供が何かを学ぼうとする行動にヒントがあるように感じた。

ミナの寝息が聞こえる。休日の朝を犠牲にしてまで続けていいのかと悩んでいたサーフィンが、これからは違う形で続けられるのかもしれない。

エクセルのセルに、最初の言葉を入力する。

「週末サーファーが上手くなるための仕組み」

時計は深夜0時を指していた。新しい一日の始まりを告げるように、書斎の窓から月明かりが差し込んでいた。