サーフィンの歴史を年表で解説|起源から東京オリンピックまで、人物と道具の進化

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この記事でわかること

  • サーフィンの起源から東京オリンピックまでの流れ(年表)
  • 各時代を象徴する人物と、道具(ボード)の進化
  • プロツアーや統括組織(IPS・ASP・WSL・ISA)の変遷

サーフィンの歴史とは、古代ハワイの神聖な営みから始まり、道具と人物の進化を重ねて、オリンピック種目にまで広がってきた約千年の流れのことです。サーフィン歴20年の実践者として、その大きな地図を、年号と人物を軸にできるだけ分かりやすくまとめました。

ここは各時代への入り口となる年表ハブです。細かな人物や組織は、今後ひとつずつ掘り下げていきます。まずは全体の流れをつかんでみてください。

サーフィンの起源|古代ハワイの「he’e nalu」

サーフィンのルーツは、1000年以上前のポリネシア、とりわけ古代ハワイにあります。当時は「he’e nalu(ヘエナル=波を滑る)」と呼ばれ、単なる遊びではなく、宗教的・社会的な意味を持つ神聖な営みでした。

ボードにも身分が表れていました。王族(アリイ)は「オロ(olo)」と呼ばれる非常に長い大型ボード(諸説あり、14フィート以上)、平民は「アライア(alaia)」と呼ばれる10フィート前後のボードに乗ったとされます。使う板の長さと木材が、そのまま社会的な立場を映していたのです。

西洋人がサーフィンを記録した早い例として、1778年にキャプテン・クックの一行がハワイへ到達した際の観察が知られています。立ち上がって波に乗る姿を、士官のジェームズ・キングが書き残しました。ただしその後、西洋との接触による人口減少などから、ハワイのサーフィンは150年以上にわたって衰退していきます。

デューク・カハナモク|近代サーフィンの父

衰退したサーフィンを世界へ広めた立役者が、デューク・カハナモク(1890〜1968)です。ハワイ出身の彼は、競泳のオリンピック選手として金3・銀2のメダルを獲得し、1920年の100メートル自由形では連覇を果たしました。

デュークはその世界的な知名度を使い、アメリカ本土やオーストラリアでサーフィンを実演して回りました。この普及者としての功績から、彼は「近代サーフィンの父」と呼ばれています。ひとりの人間がサーフィンを発明したわけではありませんが、世界へ橋を架けた人物として、彼の名前は外せません。

1950〜60年代|カリフォルニア拡大と道具の革命

サーフィンが大衆文化になったのは、20世紀半ばのカリフォルニアでした。大きな転機は道具です。1958年ごろ、ホビー・アルターとゴードン・クラークが、ポリウレタンフォームを使った軽いボードを実用化します。重いバルサ材の時代が終わり、サーフィンは一気に多くの人の手が届くものになりました。

1959年には映画『ギジェット(Gidget)』が公開され、サーフィンは若者のカルチャーとして広がります。そして1960年代後半には「ショートボード革命」が起こりました。ボブ・マクタビッシュやジョージ・グリノーらが起点となり、1966年のナット・ヤングの世界選手権制覇、1967年のVボトム登場を経て、長く重いボードから短く動かしやすいボードへと段階的に移り変わっていきました。

1970年代|パイプライン時代とプロ化の始まり

1970年代を象徴するのが、「Mr. Pipeline」と呼ばれたジェリー・ロペスです。ハワイの危険な波、バンザイ・パイプラインを流れるように乗りこなす姿は、この時代のサーフィンそのものでした。彼は1972年と1973年のパイプライン・マスターズを制しています。

この頃、サーフィンは「プロスポーツ」への一歩を踏み出します。1976年、フレッド・ヘミングスとランディ・ラリックがIPS(International Professional Surfers)を設立しました。ハワイ・オーストラリア・南アフリカなどのイベントをつなぎ、世界王者を決める仕組みを整えた、プロツアーの出発点です。

実際にオアフ島の海に入ると、パイプラインをはじめとする名だたる波が、いかに歴史の舞台だったかを肌で感じます。

わたしが乗ったのはやさしいサイズの日でした。それでも「ここでこの人たちが戦っていたのか」と思うと、背筋が伸びる感覚がありました。

1980年代|スラスターの発明とトム・カレン

1980年代の最大の発明は、今わたしたちが当たり前に使っている3枚フィンの「スラスター」です。オーストラリアのサイモン・アンダーソンが1980年に考案し、1981年のベルズビーチで自ら優勝して、その性能を世界に証明しました。フォームボードの登場以来もっとも重要な設計革新とも言われ、以後ほぼすべてのプロがこのセッティングを使うようになります。

選手では、トム・カレンが登場します。1985年に初のアメリカ人世界王者となり、その滑らかなスタイルは今も理想とされています。組織の面では、IPSが1982年にASP(Association of Surfing Professionals)へと再編され、プロツアーの体制が一段と整いました。

ちなみにわたし自身は、35歳までスラスターのショートボードしか乗りませんでした。ミッドレングスは初心者向けだと思い込んでいたのです。歴史を知ると、自分がいかに「ある時代の正解」だけを握りしめていたかがよく分かります。道具の選択肢は、時代とともに増えてきたのです。

1990年代|ケリー・スレーターとモーメンタム世代

1990年代は、ケリー・スレーターの時代です。1992年に20歳で史上最年少の世界王者となり、その後の通算タイトルは11回。最後の戴冠は2011年で、こちらは史上最年長記録という、とてつもない選手です。

この時代、スレーターやロブ・マチャドらを含む若い世代は「モーメンタム世代」と呼ばれ、1990年代の映像作品を通じて世界中の若者に影響を与えました。わたしがサーフィンを始めたのは2000年代のはじめですが、憧れて何度もビデオを止めて見ていたのが、まさにこの世代のサーファーたちでした。彼らの軽やかなスタイルが、いまの自分のサーフィン観の土台になっています。

2000年代|アンディ・アイアンズとの黄金時代

2000年代は、ハワイのアンディ・アイアンズが2002〜2004年にツアーを3連覇し、絶対王者だったスレーターと激しくぶつかり合った時代です。この2人のライバル関係は数年にわたって続き、サーフィンの競技としての熱をひとつ上の段階へ押し上げました。

わたしはこの熱をリアルタイムで浴びた世代です。ただ、当時から競技の勝ち負けよりも、彼らが「どう乗っているか」に目が向いていました。競技サーフィンはF1のようなもので、一般のわたしたちがそのまま真似するものではありません。それでも、頂点の人たちの動きから学べることは、山ほどあります。

2010年代|WSLとプログレッシブ・サーフィン

2010年代には、プロツアーの運営組織ASPが2015年にWSL(ワールドサーフリーグ)へと名前を変えました。名称は変わっても、IPS〜ASP〜WSLという世界ツアーの系譜は連続しています。

競技面では、ハワイのジョン・ジョン・フローレンスが2016年・2017年に連覇し、空中技を含むプログレッシブなサーフィンが主流になっていきます。同じ2015年には、ケリー・スレーターが人工の波「サーフランチ」の映像を公開し、ウェーブプール時代の号砲を鳴らしました。

2020年代|オリンピックとウェーブプール

2020年代の大きな出来事は、サーフィンのオリンピック初採用です。東京大会(新型コロナで延期され、実施は2021年)で、千葉の釣ヶ崎海岸を舞台に行われました。男子の初代金メダルはブラジルのイタロ・フェレイラ、女子はアメリカ・ハワイのカリッサ・ムーアが獲得しています。

そのカリッサ・ムーアとは、オアフ島のダイヤモンドヘッドで、同じポイントに入ったことがあります。

世界の頂点に立つ選手と同じ波の上にいると、力の使い方の差に打ちのめされました。それでいて、同じ海を分け合っているという不思議な近さも感じたのです。

年表の中の一場面が、急に自分ごとになった瞬間でした。

年表でおさえる3つの軸

サーフィンの歴史は、(1)道具の進化(フォーム→ショート→スラスター)、(2)その時代を象徴する人物、(3)プロツアーと統括組織の変遷、という3つの軸で見ると流れがつかめます。次の見出しで、組織の変遷を整理します。

サーフィンの歴史を動かした組織

サーフィンの世界には、大きく2つの流れの組織があります。ひとつはプロ興行のツアー、もうひとつはオリンピックなど国別代表を統括する側です。

  • プロツアー:IPS(1976)→ ASP(1982)→ WSL(2015)。名称は変わっても系譜は連続しています。
  • ISA(International Surfing Association):1964年に起源を持つ、オリンピックなど国別代表側の世界統括団体。
  • Surfrider Foundation:1984年にカリフォルニア・マリブで設立された、海や波を守る環境保護団体。

道具の進化をもう少し詳しく知りたい場合は、サーフボード完全ガイドサーフボードの種類の解説もあわせて読むと、歴史と今の道具がつながって見えてきます。

よくある質問

サーフィンはいつ、どこで生まれましたか?

明確な発明者はいませんが、1000年以上前のポリネシア、とりわけ古代ハワイで「he’e nalu」として行われていたのが起源とされています。西洋人による記録としては、1778年のクック隊のハワイ到達時の観察が早い例です。

「近代サーフィンの父」とは誰のことですか?

ハワイ出身のデューク・カハナモク(1890〜1968)を指すことが多いです。オリンピック競泳選手としての知名度を使い、アメリカ本土やオーストラリアにサーフィンを広めた普及者としての功績から、そう呼ばれています。

今のショートボードはいつ生まれましたか?

1960年代後半の「ショートボード革命」で短いボードが広まり、1980年に考案・1981年に実証された3枚フィンの「スラスター」で、現在のショートボードの原型が完成しました。今も多くのショートボードがこの流れの上にあります。

サーフィンがオリンピック種目になったのはいつですか?

東京オリンピックで初採用されました。大会は延期され、実施は2021年。会場は千葉の釣ヶ崎海岸で、初代金メダルは男子イタロ・フェレイラ、女子カリッサ・ムーアでした。

WSLとISAは何が違いますか?

WSLはプロ興行の世界ツアー(IPS→ASP→WSLと続く系譜)、ISAはオリンピックなど国別代表側を統括する団体です。プロツアーとアマチュア・国際大会という、役割の違う2本立てだと考えると分かりやすいです。

まとめ

サーフィンの歴史は、古代ハワイの神聖な営みから、道具の進化と各時代のレジェンドを経て、オリンピック種目にまで広がってきた大きな流れです。年号を丸暗記する必要はありません。道具・人物・組織という3つの軸で眺めると、今の自分のサーフィンがどこに立っているかが見えてきます。

この年表を入り口に、これから各時代のサーファーや組織を、ひとりずつ掘り下げていきます。まずは気になった時代から、のぞいてみてください。

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ヒガシーサー

ヒガシーサー

ブロガー/クリエイター/サーフボード開発/テストライダー

サーフィン歴20年、Beach Access・nanazeroのテストライダー、サーフボード・サーフスケート開発チーム。19年間も上達できなかったが、オーストラリアの科学的メソッドで上達。その経験を軸にブログ・SNSで一般サーファーのためのサーフィン上達方法、楽しみ方を共有している。SNS総フォロワー6.5万人。

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